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tonocchoのメモ

軽い気持ちで

数学の勉強をやっていたら「勉強なんて社会で役に立たない」がなんか少しわかった気がした

今もコツコツと高校数学の復習をしています。で、少し思ったんですが、「勉強なんて社会に出て役に立たない」と言って勉強をしない子供たちがいます。大人の中にもこれを本気で信じている方もいるかと思います。

これまでこのような言葉に対し、世の中には「いかに勉強が社会の役に立つかを説明する」というのを試みているかたもおられると思います。ですが、さっき思ったのは「勉強なんて社会で役に立たない」の答えは、「いかに勉強が社会の役に立つかの説明」ではない、ということではないのではないか、ということです。

結論から言うに、この言葉を発し始める子供たちに一番近いのは「あの葡萄は酸っぱい」と言った狐だと思っています。

ここで、勉強が役に立つ、と言うことを言いたい人は「ほら、台を使えば届くじゃない、だから普段から勉強することが大事だし役に立つんです、勉強をしていなければ台を使うなどと言う発想にはたどり着きません」と言うかもしれませんが、あの物語における狐に対する返答としては、的外れ感があります(できなくてプライドを傷つけられた人に対してああすべきだっと、こうすべきだった、と正論をぶつけるのは得策じゃないですね)。

ここは完全に憶測ですが、分量が多すぎるあまりに「問題をどうやって暗記した公式にマッピングするか、あとはいかに計算ミスをしないか」という点にフォーカスせざるを得なくなっており、「理解しているかどうか」と言うのが二の次なのかもしれない、と思いました。結果として、そう言ったマッピング作業が上手な子が「頭が良い」と言われ、きちんと理解しないと公式もへったくれもない感じの子は「頭が悪い」となってしまうのではとすら思っています。

前者がある意味頭が良いというのは賛成ですが、後者は頭が悪いでしょうか?脳機能に障害があったり、IQが低かったりしますか?単に「彼らの性質が学校教育と合致していないだけ」と思います。また、前者の子が学んだことを実際に応用して考えられるでしょうか?

もしこの憶測が当たっているなら、数学の世界の様々なことを学んでいるつもりが、「いかに問題と公式をマッピングするテクニックを磨くか」になっており、微分だろうが積分だろうが行列だろうが結果的に「同じことをずーっとやっている」と言うことになるんじゃないか、と思うし、同じことをひたすらやっていれば、いつかは酸っぱいブドウにぶち当たる子供が多いんじゃないか、と思ったのです。

そして「本当にこれだけのことを高校生の時点でやるべきなのか?」と言う点です。次に、「こんなに分量があって、学校できちんと教えきれるのか?」ということです。数学だけ3年やるならいいですけど、他にもいっぱい教科ありますよね。

結果として、ついていけない子を振り落としてしかも「自分は頭が悪い」というコンプレックスを植え付けているだけの作業になっているのではとも思いました。

おしまい。