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tonocchoのメモ

軽い気持ちで

映画「聖の青春」をみた

先日、映画聖の青春を見ました。将棋界の天才的な棋士だったけど、病気のために若くしてなくなった方の映画です。まぁ、彼の生涯などはすでに色々な書籍で出ているでしょうから、ネタバレとか気にせずに書こうとか思いましたが、そういうのはできるだけ無しの感想文を書こうと思います。

話は病気のために短命であることが決定されていた人の物語なので、暗め、荒れめな展開でしたが、内容は実際に見ていただければと思います。


11月19日(土)公開 映画『聖の青春』予告編

まずは再現度が高いと思った

自分は役者の名前を覚えることが非常に苦手なので誰がという話は書きませんが、プロモーションムービーや公式サイトを見ればわかるように、羽生名人、聖棋士、共に凄まじい再現度だと思いました。自分は将棋はやりませんが、羽生名人位は知っています。映画に出てきた羽生名人、本物と見まごうレベルでした。多分、他の棋士や将棋の打ち方、表情の作り方、そう行ったものも含めてかなりの再現度だったのだろうと思っています。

役者の方々も多分、すごい研究したんだろうな、という感じでした。

感想文:青春と言いつつ映画の軸は「悔しさ」だと思った

映画の中で、羽生名人が「あなたに負けた時に死ぬほど悔しかった」というようなことを言うシーンがあります。この時に「あぁ、この映画に出てくる人はみんな悔しいんだな」と思いました。

主人公の聖は当然長くプロ棋士をやれない悔しさ、そして、聖と素晴らしい将棋を打ち続けることができないことを理解した羽生名人の悔しさ、などなど、この映画の登場人物は、大小様々な悔しさを持っています。そう言う観点で見ると、この映画のテーマというかそう行ったものが見えた気がしました。

青春と言いつつ、青春にあるようなポジティブなエネルギーとかそう行ったものは一切ありません。ただただ、「青春を駆け抜けることができなかった、諦めるしかなかった聖と周囲の人たち」という感じの映画。この変動も原作とはだいぶ違うようですね。原作を期待している人はご注意ください。

親目線で見てしまう

自分も人の親なので、どうしても、聖と両親の関係に注目してしまいます。自分にはこれがかなり大事なポイントでした。もし自分の子供が長くいきられなかったら?もし自分が子供の死を看取ることが決定づけられていたら?そう思っていたら、多分製作者が意図しないポイントで何回か涙出ました。

プロモーションムービーでお母さんが崩れ落ちるシーンがありましたが、そこが泣きポイント1でしたね、はい。

将棋がわからないので

将棋のシーンについては、棋士たちの感情とか、精神状態は読み取れるのですが、盤面が何を物語っているのかがわからず、時々雑念が出ました。というのも、まいったのシーンでも、自分はなんでこれが詰んでいるのかがわからなかったし、あの一手の時に見てる人がざわついた時も、なんで?とか思っちゃいましたので。

難易度高めな映画

見方によっては、聖なんなのあいつ?となりかねないようなギリギリの線を渡っているような映画だと思いました。ただ、将棋ファンだけに向けては作っていないなという感じの映画でした(将棋がわかればもっと色々良くわかる映画だとはおもうけど)。

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